2026/08/14 11:23


オリハシです。

たまには本ネタいきましょうか。

ここ数年の間にカズオ・イシグロの本を5・6冊読みました。今日は最近、読んだ『日の名残り』

自分なりにちょっと考えさせられた部分があったので今日は書いてみたいと。

主人公は、品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンス。

物語の中では、たびたび「品格とは何か?」が問われます。思いがけず、私としても好みのテーマだったりします。お!これはちょっとおもしろそうじゃないか!ってグイグイ引き込まれました。

スティーブンスは「品格とは何だ?」と問われて、こう言うんです、「結局のところ、公衆の面前で衣服を脱ぎ捨てないことに帰着するのではあるまいかと存じます」と

「公衆の面前で衣服を脱ぎ捨てないこと」
もちろん、実際に服を脱ぐという話ではありません。どれほど感情が揺れていても、人前では自分の役割を崩さない。弱さや動揺を、そのまま相手にぶつけない。

衣服を身につけることが、自分を整え、相手との距離を保つことの比喩になっているんですね。服・ファッションを仕事にしている私としては、とても興味深い表現でした。

ただ、実際に私が思うのは「じゃぁ、どこまで脱ぐことが許されるのだろう?」ということ。

相手にもよるし、場所にもよる。人前でいきなりすべてを脱ぎ捨ててしまうのは、品格とは違う
でも、いつでも、誰の前でも同じ服を着続けていたら、本当の自分を相手に見せることはできない。
私は若いころ、「ぶっちゃける話」が好きでした、そういうふうにできる自分でありたいって考えていた自分がいました。でも、今は違います。特にアルコールが入ったときは要注意だぞ、と自分に言い聞かせています(笑)

スティーブンスは、執事という衣服をあまりにも完璧に着続けました。女中頭のミス・ケントンの前でも、ひとりの男性に着替えることができなかった。
ほんの少し上着を脱ぐように、気持ちを見せることができていたら、二人の関係は…

服は、自分を隠すためだけのものではありません。自分を整え、相手への敬意を表し、人との距離感をつくるものです。

大切なのは、立派な服を着続けることではなく、
自分が何を着ているのか。 そして、それを自分の意思で着ていると分かっていること。
そう思っています。

仕事の服、家庭での服、友人と過ごすときの服。私たちは、毎日いろいろな自分に着替えながら暮らしていますよね。

何を着るかだけではなく、いつ、誰の前で、どんな自分に着替えるのか。

服は装飾ではなく、その人の振る舞いや、人との関係をつくるものなんだと思います。

そういうこと含めて、センスだと思います。
服と心持ちのレイヤード。
『日の名残り』からそんなことを考えました。

静かな物語ですが、読み終わったあとに、いろいろと話したくなる一冊です。

じゃぁ、オリハシさん、品格って?

「誰の前で、いつ、どこまでなら脱いでもよいかを見極めること。
そして、脱いだ相手の弱さを見ても、それを傷つけないこと。」

かっこいいなぁーその域にたどり着きたい!

毎日、修行です^^

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